養育費の支払いが滞った場合の対処方法について
離婚時に子どもの養育費の金額を決めていても、その後相手方からの養育費の支払いが滞ることがあります。このような場合、養育費の支払いを受けるにはどのような方法をとればよいのでしょうか。
今回は、養育費の支払いが滞った場合の対処方法について解説します。
もくじ
1.養育費の支払いが滞ることは多い
離婚の際に未成年の子どもがいる場合、離婚後の養育費の分担について一定の合意をすることが多いと思います。しかし、離婚後しばらくの間は養育費の支払いがあっても、時が経つと養育費の支払が滞ることがあります。支払いが数日遅れたくらいなら大したことはないでしょうが、数か月以上滞納して、一切支払う気配が見えなくなってしまうこともあります。
実際に養育費の支払いが途中から止まってしまうことも多く、離婚の際に一定の合意をしても、結局、途中から支払いを受けられなくなっている人がたくさんいます。この場合、どのようにして養育費の支払いを受けることができるのかが問題になります。
2.まずは請求して自発的な支払を求める ― 任意の支払い ―
養育費の支払いが滞った場合、当たり前のことですが、まずは相手方に直接連絡を入れて、自発的な(任意の)支払いを求めてみましょう。電話でもメールでも、どのような手段でもかまいません。相手方も、忙しいなどの事情で支払いを忘れていただけかも知れません。請求したことによって養育費の支払いが再開することもあります。
3.自発的な支払いを期待できない場合はどうしたらよいか ― 強制執行 ―
もっとも、相手方に養育費の支払いを催促しても、任意の支払いをしてもらえないことがあります。また、そもそも相手方と連絡が取れないこともあります。このような場合、自発的な(任意の)支払いをしてもらうことは期待できません。では、支払い受けるためには、どのような方法をとればよいのでしょうか。
このような場合は、相手方に対し、養育費を強制的に支払わせるという手段をとることになります。つまり、強制執行です。「強制執行」というのは、「お金を支払え」等の請求を強制的に実現する制度のことをいいます。つまり、相手方(支払義務者)が支払いを拒んでいたとしても、国家の力で強制的に相手方の不動産、預貯金等の財産を差し押さえ、それを換価する等の方法をもって、自分の権利を実現するのです。
もっとも、強制執行は、非常に強力な手段なので、単に「養育費の支払いについて合意している」というだけではすることはできません。強制執行をするためには、以下で説明する「債務名義」が必要です。
「債務名義」とは何か
「債務名義」とは、簡単に説明すれば、「お金を支払え」等という請求について、そのような請求権が存在すること、また、その請求の範囲(いくら支払いを求めているのか等)を示した公的な文書で、法律により相手方の財産を差し押さえたりする力(執行力)が認められているものをいいます。
確定判決(民事執行法22条1号)
債務名義の代表例としては、「確定判決」があります。確定判決というのは、判決のうち、上訴(高等裁判所等への控訴・最高裁判所への上告)によって争えなくなった状態に至ったものをいいます。
公正証書(「執行証書」民事執行法22条5号)
「公正証書」とは、法律の専門家である公証人が公証人法・民法などの法律に従って作成する公文書をいいます。この公正証書のうち、一定の要件を満たしていて執行力を有するものを「執行証書」といいます。例えば、養育費の支払いについて、相手方(支払義務者)と合意をする際、養育費の不払いがあった場合には、義務者が強制執行を受けることを認めるという内容の公正証書を作成します。
確定判決と同一の効力を有するもの(民事執行法22条7号)
民事訴訟法その他の法律において、「確定判決」と同一の効力を有するものを規定している場合があります。例えば、裁判上の和解調書(民事訴訟法267条)、調停調書(家事事件手続法268条1項)、審判(同法268条1項)等があります。
4.公正証書(執行証書)を作成しておくメリット
先ほど説明した債務名義の中で最も簡易な方法で取得できるものが「公正証書」です。確定判決、調停調書、確定審判等は、裁判・調停・審判等の手続を経なければ取得することができません。しかし、「公正証書」は、当事者間で合意した内容に基づいて公証人が作成しますので、合意さえすればスピーディーに取得することができます。
公正証書があれば、養育費の滞納が生じたとしても、裁判・調停・審判等の裁判所を介した手続を経ることなく、相手方の財産について強制執行を申立てることができます。
なお、念のための注意ですが、公正証書は当事者間だけで交した契約書と同一ではありません。あくまで公証人が作成するものです。「契約書があるので強制執行できる」ということにはなりません。
4.公正証書(執行証書)がない場合の対策 ― 養育費調停・審判 ―
①養育費調停
養育費の支払いについて当事者間で合意していたとしても、公正証書(執行証書)を作成していない場合、その合意に基づいて、いきなり相手方の財産を差し押さえることはできません。
このような場合、養育費支払いに関する合意(養育費支払契約)に基づいて、相手方に金銭の支払いを求める訴訟を提起することも考えられます。しかし、訴訟は費用と時間がかかりますので、いきなり訴訟を提起するというのは、一般的には得策ではありません。
そこで、まずは、訴訟よりもソフトな手続である「調停」を申し立てることが考えられます。具体的には、家庭裁判所に対して養育費調停を申し立て、相手方(支払義務者)との間で養育費の支払義務を確定させるのです。養育費調停は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所又は当事者が合意で定める家庭裁判所に対して申し立てを行います。
養育費調停の手続では、裁判所の調停委員が当事者の間に入り、養育費の金額や支払方法等について話し合いをすすめていきます。この調停手続で、当事者が合意に至れば調停が成立し、その合意内容が「調停調書」に残されます。そして、この調停調書が「債務名義」になることは、すでに説明したとおりです。
②調停が成立しない場合はどうなるか
調停手続において話し合いがつかない場合は、調停が不成立となります。また、養育費調停を申し立てても、相手方(支払義務者)が裁判所に出頭せず、話し合いすらできない場合も、調停は不成立になります。調停不成立の場合、そこで終わりではなく、家庭裁判所の審判手続に移行します(家事事件手続法272条4項)。また、場合によっては、調停不成立の段階で、裁判所の職権により「調停に代わる審判」を下すこともあります(同法272条1項ただし書)。審判では、裁判所が妥当な養育費の金額を決定してくれるので、一定の解決をみることができます。もっとも、審判に不服がある者は、審判の告知を受けた日から2週間を経過するまでの間、即時抗告をすることができます(家事事件手続法86条)。この2週間の間に即時抗告がない場合、その審判は確定します(同法74条2項ただし書き)。そして、確定した審判が「債務名義」になることは、すでに説明しました。
③即時抗告
即時抗告された場合、高等裁判所において審理が行われ、裁判所が審判により結論を示すことになります。
5.履行勧告
調停や審判などで養育費の支払いについて取決めがされた場合であっても、それに従わず、養育費の支払いを止めてしまう相手方もいます。このような相手方に対しては、先ほど説明した債務名義(調停調書等)に基づき、強制執行を申立てることができます。ただ、いきなりこのような強力な手段によるのではなく、家庭裁判所から相手方に対して、その取決めを守るよう説得、勧告してもらう制度があります。これを「履行勧告」といいます(家事事件手続法289条)。履行勧告の手続に費用はかかりませんが、相手方(支払義務者)が勧告に応じない場合は、強制執行のように、支払を強制することはできません。
6.強制執行手続の流れ
「債務名義」があれば、相手方の財産について強制執行をすることができます。強制執行の対象は、相手方名義の財産になります。
強制執行の種別は、不動産執行、債権執行等いくつかあるのですが、養育費の場面では債権執行が多いと思います。債権執行の場合、例えば、預貯金、生命保険、給料債権等があります。この点、不動産執行も考えられますが、申立ての際、不動産の価格に応じて予納金を納付する必要がありますので注意が必要です。
強制執行の申立先(管轄)は、債権執行の場合は相手方(支払義務者)の住所地を管轄する地方裁判所(支部を含む)になります。不動産執行の場合は、目的不動産の所在地を管轄する地方裁判所(支部を含む)になります。
まとめ
養育費の支払いが滞った場合には、まずは相手方に自発的な支払いを求めてみましょう。それでも支払が無い場合には、公正証書(執行証書)等の債務名義があれば、それに基づいて相手方の財産に強制執行をします。債務名義は、公正証書が最も作成が簡単です。ただ、相手方の態度によれば、公正証書の作成が期待できないこともあります。そのような場合には、まずは養育費調停を起こして、調停又は審判で養育費の金額を決定してもらいます。それに従って支払があれば良いですし、なければ調停調書又は審判書に基づき相手方の財産に対して強制執行を申立てます。
強制執行といっても毎月毎月申立てる必要があるのか?
養育費の支払いが滞った場合、債務名義があれば、裁判所に強制執行を申立てて、相手方(支払義務者)の財産から養育費を回収することができます。
ところで、養育費の支払いというのは、通常、「毎月○日限り○円を支払う」という形で行われることが多いと思います。これは、例えば、「毎月1日限り10万円を支払う」ということであれば、その月の1日が到来しなければ、相手方に対し、その月の分の養育費10万円を請求することはできないことを意味します。そうすると、強制執行するにしても、弁済期(支払期限)の到来していない債権に関しては、強制執行することができないのが原則なので(民事執行法30条1項)、毎月毎月、強制執行の申立てをしなければならないのではないか?ということになってしまいそうです。
しかし、法律では、養育費債権といった扶養義務等の定期金債権(一定の期間、定期的に支払いを受けることを目的とする債権)について、その一部に不履行(支払が滞ること)があれば、将来弁済期が到来する分についても債権執行(債権に対する強制執行)を開始することができるという「特例」を設けています(民事執行法151条の2)。
この特例の対象となる債権は、「給料及びその他の継続的給付に係る債権」ですが(同条2項)、多くの場合は、相手方の給料債権(相手方がその勤務先に対して有する給料債権)を差し押さえることになると思います。給料債権のほか、「給料及びその他の継続的給付に係る債権」に該当する債権としては、取締役等の役員報酬債権、賃料債権、保険医療機関の診療報酬債権(最高裁平成17年12月6日民集59巻10号2629頁)などがあります。
この特例を使えば、毎月毎月、強制執行の申立てをする必要はなくなります。つまり、一度申立てを行えば、その後は毎月強制的に養育費を回収することができます。もっとも、将来の養育費債権に基づく強制執行は、その弁済期が到来した「後」に「弁済期が到来する給料債権」のみを差し押さえることができます。例えば、「毎月1日限り10万円を支払う」という場合で、相手方の給料が25日に支払われるというとき、その月の養育費については、同月25日以降に支払われる給料を差し押さえることになります。
特例を用いる場合の注意点
先ほど述べた「特例」(民事執行法151条の2)は、全ての債権で用いることができるわけではありません。扶養義務に係る債権(例:養育費)、婚姻費用等に限定されています。
ここで注意しなければならないのは、養育費の支払いに関する公正証書(執行証書)を作る際に、「Aは、・・・○○円を支払う。」という条項を設けることになりますが(これを「給付条項」といいます。)、この給付条項にキチンと「養育費として・・・支払う。」と記載しなければならないことです。先ほど述べたとおり、この特例を用いることができる債権は「養育費」等に限定されていますので、金銭支払義務の法的性質が養育費支払義務に基づくものであることを示さなければならないのです。例えば、「解決金として・・・支払う。」などとした場合、その金銭支払義務の法的性質が養育費支払義務に基づくものであることは分からないので、この特例を使うことはできないということになります。
相手方の給料債権をどのぐらい差押えることができるのか?
では、相手方の給料をどのぐらい差し押さえることができるのでしょうか。
この点について、法律の条文では、「2分の1に相当する部分は、差し押さえてはならない。」(民事執行法152条1項・3項)と規定しています。差押えが禁止される額は、いわゆる「手取額」(源泉徴収される給与所得税・住民税・社会保険料を差し引いた分)を基準に算定されます。例えば、手取りの月給が20万円の場合、10万円までを差し押さえることができます。
もっとも、給料の2分の1が「33万円」を超える場合、33万円以上の部分も差し押さえることが可能です(民事執行法152条1項・民事執行法施行令2条1項1号)。
給料 | 66万円以下 | 66万円以上 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
20万円 | 40万円 | 66万円 | 80万円 | |||
差押え可能な範囲 | 10万円 | 20万円 | 33万円 | 47万円(80万円-33万円) |
「2分の1」という数字を見て、「全部できないのか」と思う方がいるかもしれません。しかし、通常、給料の「4分の3」は差押えが禁止されており(民事執行法152条1項)、給料の全部を差し押さえることはできないことになっています。これは、給料債権者の生計を維持する必要があるからです。養育費などの場合、この「4分の3」が「2分の1」に縮小されており、通常の場合よりも差押え債権者に有利となっています。
【民事執行法改正の経緯】
養育費(※)に係る定期金債権は、少額であることが多いので、毎月の支払期限(弁済期)が到来するごとに反復して強制執行の申立てをしなければならないとすると、債権者(養育費の支払いを請求する側)にとって非常に負担です。加えて、養育費は子どもの生計を維持するのに不可欠なものなので、毎月毎月定額を支払ってもらう必要があり、滞納額がある程度積み重なってから強制執行を申し立てるという訳にはいきません。そこで、養育費に係る定期金債権については、平成15年法改正により、将来支払期限が到来する分の定期金についても強制執行を開始することができるようになりました。
(※)なお、この特例は、以下のとおり、養育費のほか、婚姻費用などの扶養義務等に係る定期金債権も対象となります。
【特例(民事執行法151条の2)の対象となる定期金債権】
- ①夫婦間の協力扶助義務(民法752条)
- ②婚姻費用分担義務(民法760条)
- ③子の監護費用分担義務(民法766条等)
- ④扶養義務(民法877条~880条)
弁護士に相談を
以上のとおり相手方の給料債権に対する差押えについて説明しましたが、手続きも複雑で直ぐに理解することは難しいかもしれません。そのようなときは、法律の専門家である弁護士に相談することをお勧めします。
民事執行法改正-養育費の獲得が容易になります。
2020年4月1日,改正された民事執行法が施行されました。これにより,未払い養育費の回収が容易になると思われます。
そもそも,民法877条1項は,親の子に対する扶養義務を定めています。両親が離婚をして夫婦でなくなったとしても,親と子の間の親子関係がなくなるわけではありませんので,養育費を支払う義務があります。
しかし,厚生労働省が実施した平成28年度全国ひとり親世帯等調査によれば,養育費の取り決めをした母子世帯の母は42.9%に過ぎません。そして,養育費の取り決めをしていない理由として最も大きいものが,「相手に支払う意思がないと思った」,「相手に支払う能力がないと思った」といった,取り決めをしても払ってもらえないだろうという理由でした。実際に,母子世帯の母で実際に養育費の支払いを受けているのはわずか24.3%であり,養育費の取り決めをしても実際には払えてもらえていない方が多い状況になっています。
その理由の一つは,強制執行手続きの使い勝手が悪かったことにあると思われます。強制執行とは,支払う義務を負っている人(債務者)が支払わない場合に,債務者の財産を強制的に差し押さえ,お金に換えて,受け取る権利のある人(債権者)に分配する手続きです。しかし,この強制執行をするためには,債権者が,債務者にどのような財産があるのか,例えばどこの銀行に預金口座を持っているか,どこの会社に勤めて給料を貰っているのか,などを特定して,裁判所に申し立てる必要があるのです。したがって,どこの銀行に預金口座を持っているか,どこの会社に勤めているかなどが分からなければ,泣き寝入りせざるを得ませんでした。
このような事態を改善すべく,強制執行手続きについて定める民事執行法が改正されました。
①財産開示手続きの罰則の強化
強制執行をしても十分な回収ができなかった場合や,できる限りの調査をしても債務者の財産が分からなかった場合,勝訴判決等を有する債権者が裁判所に申し立てて,債務者を呼び出してもらい,どのような財産を持っているのか陳述させる財産開示手続きという制度があります。
しかし,この制度は,裁判所からの呼び出しを無視する債務者も多かったため,実効性に欠け,あまり利用されていませんでした。そのため,正当な理由なく出頭しなかった場合等には「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」が科せるという形で罰則を強化し,財産開示手続きの実効性が高められました(改正民事執行法213条1項)。
そして,この財産開示手続きによって債務者の財産が判明すれば,判明した財産に対して強制執行手続きを行うことにより,未払い養育費の回収が容易となります。
②給与債権に関する情報取得手続き
養育費についての債務名義を持っている債権者が裁判所に申し立てることによって,裁判所が市町村,日本年金機構,厚生年金の実施機関に対して,債務者の給与債権の情報の提供を命じる手続きが新設されました(改正民事執行法206条)。
この手続きは前述の財産開示手続きを経る必要がありますが,これにより債務者の勤務先が判明すれば,給与(税金等を控除した残額)の2分の1まで差し押さえることができますので,未払い養育費の回収が容易となります。
③預貯金債権等に関する情報取得手続き
債務名義を持っている債権者が裁判所に申し立てることによって,裁判所が銀行等に対して預貯金債権の有無や店舗,口座番号などの情報の提供を命じる手続きが新設されました(改正民事執行法207条)。
これにより,債務者の預貯金に関する情報が判明すれば,その預貯金残高を差し押さえることができますので,未払い養育費の回収が容易となります。
以上のとおり,今般改正された民事執行法により,未払い養育費の回収が容易となりました。そうは言っても,裁判所での手続きが必要となりますので,ご自身で手続きをされるのはご不安なところもあるかと思います。そのため,未払い養育費に悩まれている方は,一度弁護士に相談されることをお勧めいたします。